
すっかり知られているこの茶杯と茶壺。日本でも使っている人が多い。
特にこの茶杯(ちょっとこの写真では解りにくいが)は、なかなか手に持ったときの感触も良くて、結構好きだったりする。
使う人が多いということは、それなりに使い勝手が良かったり、デザインが評価されたりしている証拠ではないかと思うのだが、どうだろうか。
たしかに、この茶杯が出来上がる前、いや、今ですら、これだけ繊細な茶杯は、そんなに多くは存在しない。だから、時々ふらりとやってくる友達に、お茶を振舞うときには、なかなか使えるのだ。
だいたいこの茶杯を初めて見た人は、その小ささと薄さに驚きの声を上げる。そして、聞香杯の使い方を実際にやってみて、お茶の世界に絡め取られたりする。
だから、この茶杯のセットは、持っていて損は無い。飾っておくにもなかなか見栄えがするのだから。
だけど、我が家にもあるこの茶壺と茶海は、残念ながら出番はない。
それはなぜかというと、自宅でお茶を飲むときに、これほど小さな茶器で飲む習慣が無いからの一言に尽きる。
手元に飲みたいだけのお茶をおいて、それをすすりながら本を読んだり、PCのキーボードをたたいていることが多いのだから、いちいち、小さな茶壷を使って、その都度淹れているのでは、まったく飲んだ気がしない。
多分、こんなことをいうと、沈さんからお叱りの電話がかかってきそうだが、でも、こればかりは仕方が無い。たぶん、この飲み方って、沈さんの提唱するエコ茶とは対極的にあるのだろうなあ。
でも、きっと僕ごときがエコ茶を推奨したって、事態はそう変わりは無いと思うし、なによりも、いまの自分の飲み方を変えるインセンティブはまったくないのだから、たぶん、僕自身はこの小さな茶壺でお茶を入れることはないんだと思う。
でも、一つ言えることは、茶葉を少なく使うことも、茶葉をそれなりに多く(といったって、一回あたり5g程度だから、沈さんの茶葉の2倍強い)使うことも、お茶を飲んでいる限りにおいて、茶葉の消費はおこるのだから、回数をすくなく茶葉を多く使うのと、回数を多く茶葉を少なく使うのと、そう、変わりないんではないかなと。
たぶん、沈さんの茶を入れる回数は、僕なんかよりもはるかに多く、たぶん、茶葉の消費量もきっと多いに違いないだろうから、僕がたまの休日にこんな飲み方をしていても、怒られることは無いかもしれないね。
なんだか、話が横にそれた。
とにかく、この茶杯は、デザインの勝ちという感じで、なかなか良いと思う。
Recent Comments