2004.11.17

地肌2

b200411171.jpg

ぶつぶつの地肌の対極にあるような茶壷。これは台湾の轆轤引きのもの。さらに表面を磨いて仕上げる茶壷も存在する。それはそれで、なかなかの風合いだ。それでも、個人的には、ぶつぶつが好み。

でも、なぜ、この茶壷を手放せないかというと、当時仲の良かったG氏にいただいたから。人からいただいた茶壷は、その人との関係が良いほど、どうしても手放せないものだ。残念ながら、今ではG氏は音信不通。どこで何をされているのかわからない。それでも、当時のGさんのお茶に対する情熱に感化されたから、いまの僕がいるのだから、G氏は僕にとって、いわゆる師匠のような存在なのだろう。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.11.16

地肌

b200411161.jpg

茶壷の地肌の感覚が好きだ。とくに、比較的荒い土で焼かれた地肌にぶつぶつと突起が出ているぐらいの物がいい。大きな茶壺ではなく、比較的小さめの手のひらにしっぽりと入ってしまうぐらいの大きさの茶壷は、見ていてもついつい手にとってしまう。

手に取ったときに、一番僕が気にするのは、その地肌の感触なのだ。つるつるとした地肌のものもあるが、できれば適度に刺激があるぐらいのものがいい。

これは、最近購入した茶壷。ざらざら感がわかるだろうか。こんな地肌の茶壷は、きっといくつあっても手放せないんだろうなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.08.28

磁器の茶壷

b200408281.jpg


磁器の茶壷は、あまり使うことがない。でも、なぜか一つは持っていたいと思ってしまう。特に好きな倣古型の茶壷は、飾っておくだけでなんとなく満足なのだ。

この茶壺は、数年前に比較的安く購入した台湾三希のもの。時々、岩茶を淹れるときに使っている。

茶飲みが無精になると、ついつい、大きなもので一気にいれて、ぐびぐびと飲んでしまうので、小さな茶壺の出番が少なくなってくるが、これも最近では「小さいもの」の一つになってしまったかもしれない。

でも、磁器だと、紅茶にも使えるし、便利は便利だ。台湾茶のように香りが立つものも、磁器ならばあまり気にしないで使うことが可能だから、思いのほか優れものであるに違いない。

本当は、全く柄のない、真っ白な磁器の茶壷がほしいのだが、結局は使わずに眺める器になってしまうので、もうこのところ茶壷には手を出さないようにしている。

それでも、ほしくなってしまうのが器だから、物欲ってほんとうによわりものだ。

| | Comments (1) | TrackBack (1)

2004.04.25

扁石壺

b200404251.jpg

恵さんが海風號で清水の舞台から飛び降りる思いで購入した形の良い茶壺

これ、僕が持っている「偏石壺」にとても似ている。

もともと、この偏石壺は、清の嘉慶に「陳曼生」という茶壺のプロデューサーが「楊彭年」などに作らせたもの。陳曼生自身は役人だったので、茶壺作家ではなく、デザイナー・プロデューサーというべき人だったそうだ。

彼のデザインした茶壷は、後年、呉光榮が45式として取りまとめたものが有名で、その中にこの偏石壺が含まれている。

僕の持っているのは、現代の作家がそれを模造したものだが、模造がうまい人は、それなりの技量がある人だと思う。作りがとても丁寧で、土もそれなりによい。

こんな形だから、僕はこれを緑茶用につかっている。特にどの緑茶ということではないのだが、龍井や黄山毛峰などの茶葉の普通の?!大きさのものを入れている。緑茶だからなかなか育たないけど、それはそれでよいのかも。

とにかく、そのままで地肌がとてもきれいなので、濃いお茶を入れてしまうのがもったいなくて・・・。

こんど、恵さんの茶壷と並べて、同じお茶の飲み比べをしてみよう!


陳曼生については、壺迷師匠のこのページがめちゃくちゃ参考になる。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2004.04.19

一日まったり

b200404191.jpg

本当に小さな茶壺。これを二つ並べて、一日中岩茶と鉄観音を飲んでいた。奇古堂の沈さんのエコ茶ではないけれど、茶葉は2gも入れれば一杯になってしまいそうな、玩具のような茶壷。でも、その作りは緻密で精工。きちんとした工房で作られた早期壺と文革壺である。

PCの横のテーブルに電気式の煮水器、丁度この茶壺一杯分が入る茶杯、そして茶船に入れたこれらの茶壺を置いて、メルマガや記事を書きながら、ちびちびと茶を飲む。

お茶だけを飲む時間も、お茶を介して話しをする時間も、そしてこんな風に一日好きなことをしながらちびちびと茶を飲む時間も、それも大好きな時間。

まだきちんと育っていないこれらの茶壺を、一日まったりと且つちびちびと茶を飲み続ける時間に育ててみようと思ったのが、今日、これらの茶壷を使うことにした大きな理由。でないと、僕の場合は、極端に使う茶壺が偏ってしまう。つまり好きな茶壷を好きな茶をいれるために使っているので、ついつい特定の茶壷ばかり使ってしまうことになるわけだ。特に、香港で購入してきた中焙煎の鉄観音を中心にしたこの頃のお茶生活では、一つの茶壷しか使っていないという状況である。

たまには、いろんな茶壷を使ってあげなくてはとおもいつつ、今日はほんの気まぐれで、この二つの茶壷を取り出してきた。埃まみれではやはり可愛そうだし、水平壺であるから使われないのも差別になるかもしれないし。

こんな風に時間があって、湯を差す作業が苦にならない日ならば、ちびちびと飲みつづける茶壺としては、これらは最高だと言うことが分かった。それだけでも、収穫というもの。


| | Comments (0) | TrackBack (1)

2004.04.02

白磁のTea Pot

b200404021.jpg


香港に滞在中、ホテルの部屋でもお茶を飲んだ。

実は香港のグランドハイアットだから、もしかしたら、中国茶用の茶器でもおいてないかと少しばかり期待したのだが、見事に裏切られた。

おいてあったのは、白磁のティーポットとNARUMIのティーカップ。でも、この白磁の無垢な色がとてもよかった。

紅茶は購入できなかったので、PCで書類を作りながら、林奇苑茶行の白牡丹をこのティーポットで飲んだ。おいしかった。

僕は、白磁のティーポットが好きだ。紅茶好きでもあるので、我が家にもボーンチャイナの白いティーポットがあって、もう何年もダージリンのためだけに使っている。

形はやや丸い。まさに、このグランドハイアットにおいてあったものと非常に似た形をしている。茶渋で汚れると、中国茶の茶壷とはちがって、すぐに漂白する。そうすると、またとてもきれいな白がよみがえり、おいしくお茶を飲むことができる。

紅茶はどうして、こんな磁器のポットでお茶を飲むようになったのだろう。ちょっと調べたら、これは日本の抹茶と似たような経緯があるのではないかと思い至った。

白磁はヨーロッパへ景徳鎮から伝わった。後にドイツで発見された天然磁土は、景徳鎮の天然磁土の産地「高嶺山」(カオリンザン)にちなんで「カオリン」と呼ばれるようになり、「マイセン」を生んだ。また、イギリスではボーンチャイナが登場し、「ウェッジウッド」が誕生した。

中国でも、茶器は磁器からセッキへと変遷していった経緯があり、その意味ではプリミティブなものがヨーロッパに伝来し、それがそのまま残ったのだとも考えられる。なにしろ白磁がヨーロッパに伝えられたのは、12世紀アラビアの商人によるといわれており、宋から元の時代(12~14世紀)には、中国磁器の白さ、薄さ、硬さがヨーロッパでは非常に受けたのだという。

そんな東洋への思い入れが、こんな白磁のポットとなって今に残っているというのはなんとも興味深い話である。

しかも、東洋のベニスとたたえられた香港で、ヨーロッパで培われた白地の茶器(たとえそれが日本製であっても・・・)で中国のお茶を飲みながら、ぼおっとそんな歴史に思いをはせるなんて、なんと贅沢な時間なんだろう。

そんなことを思い出しながら、今日も秋摘みのダージリンを楽しんでいる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.03.29

僕はだれだ?

b200403291.jpg

この茶壷に見入る少年。これは誰でしょう?
ご存知の方は、コメントくださいね。すごく有名な人です。(笑)

でも、こんな姿を紫砂で作ってしまう人もすごいなあと関心してしまう。これは香港茶具文物館所蔵のもの。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.03.05

大振りの急須

b200403051.jpg

地肌の光沢のすばらしい茶壷がある。この地肌の美しさは何時までもみつめていたくなる種類のものだ。

一つは李昌鴻大師のもの。そしてもう一つが徐秀棠大師のもの。だから、どちらも手に入れることがためらわれるほど高級なものである。

これらの茶壺に共通なのが、そのサイズが大きいことだ。まるで紅茶のポットのように大きい。これらの茶壺は、明らかに「鑑賞すること」が目的で作られているのではないかと思うほどである。

b200403052.jpgじっさい、工芸品としての茶壷の価値は、大きいものの方が確実に高くなる。大きいから細かい造作もしやすく、持ち味も発揮しやすいという点があるのだろう。

僕たちが普段使っている小さな茶壷では、表現しきれない持ち味を、大きなサイズの茶壺では、出しやすいのかもしれない。事実、小壺よりも明らかに地肌の光沢の面積が大きいため、全体にしっとりした印象を得ることができる。

こういう茶壺たちは、ときどき、飾ってあるところへいって、じっくりと目の保養をさせてもらうのが良いような気がする。きっと、「使うもの」としての茶壷としては、もてあましてしまうに違いないから。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.02.11

倣古壺その2

b20040211.jpg

倣古壺の話題ばかりで申し訳ないが、手元にある倣古壺が2つ。ちょうど兄弟か親子のような大きさの違う2つの倣古壺がある。先日、とあるところで見せてもらった、うっとりするような満天星の地肌の倣古壺に比べると、これなどはもう、その辺に転がっていそうな、なんの変哲もない倣古壺で、大きさも現代風にとても小さい。

しかも、中の茶漉し部分が、一時期宜興でも日本からのリクエストで作られていた球型の茶漉しになっているので、きっと日本向けに作られたものなのかもしれない。

でも、この形、いつまで眺めていてもぜんぜん飽きのこない形をしているのだ。この形を考えた人がいったい誰なのか、いまのところわからないようだが、壺迷さんによると「邵大亨(しょうだいけい)」のものが一番初期のころのものだという。

この人は、清朝道光から同治(1831-1874)のころの人で、茶壺作りに関しては、同時において一番の腕の持ち主だったとか。宜興の知事が、彼の茶壺をほしがっても彼がつくらなかったので、彼を牢屋に閉じ込めて無理やり茶壺を作らせようとしたが、頑として応じなかったという潔癖の人でもあったそうだ。

彼の五代目という作家「邵逸平」という人が現代でも活躍しているそうだが、まだ氏の倣古壺にはお目にかかっていない。

やはり倣古壺といえば顧景舟(こけいしゅう)大師のものが一番形が良いと思う。彼の作品を模倣した現代作家の作品があればいいのになあとおもう今日この頃。でも、やはり小壺がいいのだか・・・。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.02.07

地肌の美

b20040207.jpg

僕の好きな倣古壺。比較的大降りの、でもとても形の良い倣古壺に出会った。しかも、これがすこぶる地肌の美しい茶壺だった。

むかしから、梨皮と呼ばれる土の地肌に微細な粒々が施された茶壷が好きだったのだが、残念ながら、いまだこれといったものを持っていない。どうしてもこれだと思うものが高かったりするからなのだが、それでも、紫砂にこのように調砂されたものは、とても暖かく、やさしい表情をしている。

壺迷さんに教わったところでは、明朝のものは採掘した紫砂泥を分別しなかったり、紫砂泥の粉砕が人で作業だったために、粒粒がさまざまな大きさになったためにこのような地肌をしているものがあったのだそうですが、今では、わざと細かく砕いた紫砂泥の中に大粒の砂を混合するのだそうだ。

特に、この茶壺の場合は、違う色の砂粒をまぜているので、「満天星」といってもいいかもしれない。大好きな倣古壺で、しかも満天星。これでもうすこし小型のものであれば、その場で持ち帰ったに違いない。いつか、こんな茶壷にであえるだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.02.03

小さな早期壺

b20040203.jpg

我が家には、なぜか小さな小さな茶壺が3つある。しかもそのうちの2つまでもが早期壺なのだ(もう一つは李昌鴻さんの工房で作られたもの)。かろうじて実用に耐えうるその茶壺たちは、でも、使うというより飾るという感じがぴったりくる。茶壺は使うもの。だから、なんとしても、いつかは使いたくなるのだが、うーん、何を飲もうかな?と手のひらの中で転がしているうちに、ついつい、ペットのような感じで、使うのがもったいなくなる。

どの茶壺も非常に土がいい。さすがに早期壺である。なぜ、早期壺の土がいいのかは今ひとつわからない。早期壺でも土がいいといわれるのは、いわゆる文革壺と呼ばれるもの。この時代、土の掘り方が手掘りからダイナマイトに変わったにもかかわらず、なぜか良い土が使われているという。しかも、大量生産された茶壺にである。

春風秋月のMr.Andyに譲ってもらったこの画像の茶壺は、そんな文革の時代のものだそうだ。どっしりとした見てくれの割りに、軽い。そして肌触りがよい。好きではない水平壺の形状も、こんな小さな茶壺だと、なぜか許せてしまう。

そしてもう一つのものは、海風號の20年ほど前の、比較的新しい、早期壺の中では、最後の時期のもの。これも小さい。その小ささが気に入って連れて帰ってきた。

いつか、この3つの小さな茶壺を並べて、お茶の飲み比べをしてみよう。60年代後半の茶壺、80年代後半の茶壺、そして現代の茶壺。味は違うだろうか?

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.01.17

お気に入りの倣古壺

b200401172.jpg

水平壷の話のところで、倣古壺が好きだと書いた。なんといっても、断然にこの形が好きだ。同じ作家のものの大きさのちがうものを1つずつ持っている。

で、実際、このところ使うのもこいつがおおい。特に鉄観音はこれ。大きいほうは、数名で飲むときに、小さいほうは一人のときに。

一番のお気に入りは、蓋から胴にかけてのシェイプ。特に、この大きな蓋のなだらかな斜面は、なんとも官能的だ。そして胴の曲線。やや上から押しつぶされたような形をしているが、このぽっちゃりとした形体が、手にとてもなじむ。

残念ながら、僕の持っているこの茶壷は、やや軽すぎる。ほんのすこし、ほんの少しだけ、重みがほしいところだ。

今日、仲の良い友人夫婦が遊びにきた。だから、この茶壷で海南省の茶荘の安渓鉄観音を淹れた。今流行の焙煎の軽い清香系の安渓鉄観音だった。友達とおいしいお茶を飲む。良い時間のすごし方だと思う。こんな時間をたくさん持ちたいものだ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2004.01.12

茶壷の入浴

b20040112.jpg

潮州式の工夫茶の入れ方。
最近の茶藝からすると、結構がさつで、手際も荒い。茶壷もきちんと養壷しようというのではなくて、ほうっておけば、そのまま自然に養われるというのを基本としているような手法。でも、そんな淹れ方って、結構好きだ。

とくに、茶船の中に茶壷をおいて、上から湯をジャブジャブを注ぐやり方。その結果、茶船のなかで、茶壷は入浴することになる。

丁寧に養壷しようとすると、嫌われるこんなやり方。入浴させるときの湯の線が、茶壷に付くのを嫌がる人が多いからだ。でも、茶壷なんて使って何ぼ。使われない茶壷なんて、僕には価値があるとは思えない。使われるために生まれてきたものは、使われるべきではないか。

そんな茶壷をしっかりと使う方法としての、潮州式工夫茶。じっくりと[火共]焙された鉄観音をこんなやり方でひがな一日飲んでいたいものだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.01.08

水平壷が好きじゃない理由

b200401081.jpg

茶壷の基本形といわれる「水平壷」でありがら、僕はこれを1つしか持っていない。しかも、今はほとんど使っていない。

嘴、口、取っ手が一直線になっている、デザイン的には非常にバランスの良い茶壷なのだが、感覚的にあまりにもストレートに突き出した嘴が好きではない。

中国茶の基本として、やはり水平壷の使い心地は自分で経験し無ければいけないと、7年前に購入したのだが、この形好きではないなあと思ったとたん、愛すべき道具にはならなくなってしまったのだった。

たしかに、直線である嘴からは、非常にお茶が注ぎやすい。出来の良いものは、たしかに養壷もしやすいように思える。

がしかし、やはりこの形は好きではない。これはもう、ごめんなさいというしかない。もちろん人様が使っているものをけなすつもりもないし、良いものは良いとはおもうが、僕の琴線には触れなかったということ。

一方で、僕の琴線に触れた茶壷の形は、「倣古壺」。

なぜか、これをみると、ついつい欲しくなってしまう。ただ、倣古壺の小壷の良いものは余り目にする機会がなく、海風號にある顧景舟のものも、しっかりと大きなもので、普段お茶を淹れて飲むには全く使えない。

それでも、最近若手作家のなかに、小さな倣古壺を作る人もいるので(人気も高い!)、みかけて気に入った場合は、入手するようにしている。

こんど、茶壷のメガサイトを開設している壷迷さんにおあいするので、彼のサイトの倣古壺について、いろいろと教えてもらおうとおもっている。とても楽しみだ!


| | Comments (2) | TrackBack (1)