2004.12.27

そろそろ飲み頃?

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数年前の雲南省で開催されたプーアル茶コンファレンスの記念で作られた青餅。
そろそろ飲んでみようかなと。
本当は5年ぐらいたったら、毎年ほんの少しずつ飲んで、20年ぐらいで飲み終わるというのが理想かななんて。
こういう楽しみも、たまにはいいかもしれない。

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2004.12.07

スクエア

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プーアルゼリーを作るときに、いつも迷うのがどのお茶にしようかということ。甘みがあって、ほんのりと小豆のような味わいがするお茶が僕は最適だと思うのだが、なかなかそういうお茶には出会えない。

そこで、取り出してくるのがこのお茶。そんなに古い茶ではない。せいぜい5年ぐらい。でも、このお茶が気に入っているのは、独自の火入れを後からしている点だろう。

プーアル茶に火を入れる。それは昔だったらとんでもないことだった。いまでも、きっと生茶のビンテージにはありえないことかもしれないが、おいしくなるのなら僕は気にしない。

たとえばしゃおしゃんのお茶は、生餅を焙煎する。その焙煎のおかげで、なんともおいしくて飲みやすいお茶に仕上がるのだ。こうしちゃいけないなんていう常識は、ここには通用しない。

そしてこのスクエアの茶磚は、熟茶を焙煎したもの。寝かせた年数の少ないプーアル茶特有の酸味もなく、ほのかな甘みがあって、なおかつ味わいが良い。小豆のような後味も好ましくて、飲んでもよいし、デザートにしても良い。

もちろん、紅印のめちゃくちゃおいしいビンテージ物などには到底及ばないが、それでも普段のみのお茶としては、上等な部類にはいるのではないだろうか。

去年の春に台湾の友人に送ってもらった茗心坊の茶磚である。

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2004.10.07

疲れたときには茶粥を食べよう!

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今週は、なんだか会議ばかりで、とても疲れてしまった・・・。

会議の席上で、趣旨を説明し、資料を解説し、それに対して意見を引き出す。発言が少なければ適当な人間に発言を促し、話しの間をつなぎ、そして、結論を導き出す。そんなふうに議事を進行し意見調整するのが僕の役割。

まあ、場数をこなせば、そんなに苦労する事はないのだが、それでも、気を使う参加者が沢山いると、かなりのエネルギーを費やす仕事であることには間違いない。

あらかじめ、議事の流れを頭の中で考え、実際にそんな流れを作り出さなければならないので、そのための事前準備は不可欠だし、自分の手の届かないところに議論が流れていかないように、常に一言一句、相手の話す内容を適格に捉えなければならない。

ところが利害の対立する人が沢山参加する会議がこのところ多くて、一つ会議をするとグランド10周を全速力で走ったような疲労感が・・・。でも残念ながら、運動をした後のような快い疲労感であることが少なくて、ぐったりという感じの場合が多い。

だから、食欲も減退して、にもかかわらず馬鹿食いするので、やせるどころか、またこのところ体重が増え初めている。

そんなときには、絶対にanomaに行って、石鎚黒茶とか碁石茶の茶粥を食べるのが良い。

素朴な味だが、とても身体に染み込むのだ。身体の中からぽかぽかする。沖縄の塩を少しだけぱらりとかけて、あつあつを少しずつ頂くのがとてもいい。これを食べ終えると、うっすらと汗をかいて、心も身体も軽くなるから嬉しい。

anomaには、そのほかに、四国の郷土料理などがいろいろとあって、酒のみなら本当に嬉しい店だ。もちろん、そうでない僕のような人間にも嬉しい料理が沢山ある。

疲れてしまったとき、心も身体も元気にしてくれる茶粥、また食べにいきたいものだ。

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2004.09.11

陸羽茶室の普シ耳茶

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陸羽茶室。インド人のドアマンが立ち、重厚な店構えの飲茶のみせ。観光客に毒されたとはいえ、いまだに、歴史がここにはいまだに時間を刻んでいる。そんな雰囲気が楽しみたかったら、平日の早朝に行ってみることをお勧めする。数品の点心をつまみながら茶杯を傾ける。じいさんが、一人で新聞を読みながら、蓋碗を扱っている。そんなここのお勧めは、なんといっても普[シ耳]茶なのだ。

この店に一歩足を踏み入れると、ショーケースにすばらしく古い餅茶が展示してある。ちゃんと値札が付いているので、売り物なのだろう。上をみるときりが無い。すばらしくおいしい餅茶を入手するのなら、専門店が一番だ。

でも、ここで飲めるお茶を自宅でも飲みたいとおもったなら、舊普[シ耳]がお勧めだ。「陸羽茶室」という文字の入ったスチール缶に入ったこのお茶は、リーズナブルな値段だ。お土産としても一流品だと思うがいかがだろうか。でも、消して安くは無いことだけ付言しておこう。

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2004.06.22

TORAYA CAFE-菊プー

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潔すぎる南翔饅頭店にはデザートがなかったので、デザート難民と化したエスニック探検隊の面々は、巨大な六本木ヒルズを彷徨して、TORAYA CAFEを見つけた。

小さなお店なのだが、不思議な透明感を持ったお店だ。メニューに並んでいるものたちも、和洋折衷の面白いものが多い。

僕自身は、なんとなく南翔饅頭店で飲んだ茉莉花茶の余韻を残しておきたかったので、あっさりと加賀棒茶をオーダー。女の子達はカフェオレだったのだが、Y君が頼んだのが「菊プー茶」。

彼はこの「菊プー」という字をみて「キクプー」ってなんだ?と首をかしげることしきり。ついついでしゃばりな僕は、「これはねえ、「菊普茶」といってねえ、プーアールと菊の花をブレンドした中国茶なんだよ」などと薀蓄を。

しかし、「菊プー」は「菊普」。もし「普」をプーという風に中国語風発音標記をするのなら、「ジュプーチャア」だろうなあと。(笑)でも、「菊プー」は可愛いかも。

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ところで、デザートの方は、僕は加賀棒茶のゼリーを食べた。ざんねんながら棒茶の味はしなかったが、やや渋みのあるゼリーと甘味のあるゼリーの層を混ぜて食べると程よい味わいに。見た目も涼しげで、ちょっと蒸し暑い今晩みたいな夜には良いデザートだった。

ところで、Sさんが食べたデザートは、チョコレートと餡子を混ぜたもの。一見、羊羹?みたいにも見えるけれど、なんとも不思議な味わいだった。「如何してこの二つを混ぜようとかんがえたんだろうね?」などと話していたら、「それができたから、このお店をやることになったのですよ」とスタッフの女性が説明してくれた。でも、何故混ぜたのかという点に付いては、結局分からずじまい。開発担当の人のおもいつきか。

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2004.06.02

日本の黒茶4-朝日黒茶

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日本の黒茶第四弾は、富山の黒茶。下新川郡朝日町蛭谷(びるだん)で作られている。なので朝日黒茶(番茶)などとも呼ばれるらしい。

このお茶は、振り茶(茶筅を使って泡立てる)で有名な「ばたばた茶」に使われるお茶だ。ばたばた茶にかんしては、ぎっちゃんのページに解説されているので、それを見ていただくとして、ここで作られる黒茶について、ちょっと薀蓄を。(笑)

このお茶も、日本の黒茶に共通している「大きく育った葉」を使う。大体八月の末ごろに摘んで(おいうか枝を落として)、大きな裁断機で裁断します。茶葉が付いた枝をざくざくと切っていくという感じ。だから、出来あがった茶葉にはごろごろと枝が混ざっているのだ。

これをじっくりと蒸してその後天日干しする。さらに、藁を詰めこんだ箱にしっかりと詰めこんで、後発酵させる。温度管理が大変なようで、このへんに日本人の神経のこまやかさが垣間見られる。

さて、このお茶、わざわざばたばた茶にしなくても飲めるお茶だ。そのせいか、缶入りのばたばた茶なんて言うのも売られている。これはそのうち別途UP。

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でも、ばたばた茶にする、つまり泡立てると各段に飲みやすくなるのは、泡のせいだろうか。泡の効果については、以前ここでも書いたけど、こういうお茶で体感すると、より一層泡の効果がよくわかる。

ところで、このお茶は、結構飲める。易い。四国の番茶よりも酸味がないのは、茶汁をしっかりと乾燥させてから箱詰めされるからだろうか。碁石茶などは、茶汁をかけて後発酵させるから、しっかりと乳酸菌が育成されて漬物になるが、この黒茶は、ひかくてきあっさりとしたお茶で、恐らくいままで紹介した日本の黒茶の中では一番飲み易いとおもう。

ばたばた茶の場合は、塩をほんのひとつかみいれるのだが、黒茶に塩を入れる習慣って、なんだか西蔵とかモンゴルのお茶のようだなあ。そんな風習は、どこかモンゴロイドのDNAで繋がっているんだろうか。

ばたばた茶は、たしか、鎌倉の陀陀舎さんで飲むことが出来たはず。興味のある方は、鎌倉へ足をのばそう!

ちなみに、福井県三方町でも同じような黒茶が製造されていたらしい。昭和51年に製造中止になり、この黒茶を富山県小杉町青井田の萩原という人が伝承して、いまでは青井田でつくられているというが、これと、朝日町の黒茶との関係は、よくわからない・・・。

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2004.05.30

日本の黒茶3-石鎚黒茶

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日本の黒茶第三弾は「石鎚黒茶」。これも四国の愛媛県と高知県の県境付近にそびえる海抜1992mの石鎚山の山麓で作られるお茶。愛媛県周桑郡小松町石鎚地区で細々と作られている。

「馬糞茶」、あるいは「腐らし茶」などとも呼ばれているらしい。本名は「石槌晩茶」。

以前は、曽我部正喜氏がその製茶法のたった一人の伝承者だったらしいが、平成11年以降、TVでのこの茶の紹介により、幻のお茶を絶やしてはならないということで、周桑郡小松町の生活改善グループ「さつき会」が中心になって、その製茶法の保存に乗り出し、現在では、多少ながらも流通させられるようになっているらしい。

このお茶の作り方は、松下先生の「幻のヤマチャ紀行」とか中村先生の「番茶と日本人」にくわしいが、多少の差はあるものの、碁石茶の製造法に似ているみたいだ。

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この茶葉を見てもらうと解るように、とてもしっかりした茶葉。やはり夏の大きな茶葉を使うようだ。何枚もの茶葉が重なって固まりになっているところもあれば、ほぐれて一枚一枚になっている部分もある。

すっぱさは、碁石茶ほどではないかな。比較してみると、碁石茶よりも飲みやすい。でも、これも茶粥向きだね。このお茶の茶粥は、anomaで食べることができる。これって、すごーく貴重じゃない?!

すこしの塩を振って、木のスプーンですくって一口口にいれると、なんとも素朴な味が口の中に広がる。おいしいんだよね。こういう素朴なものって、絶対に未来の日本に残したいものだと思う。

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2004.05.27

日本の黒茶2-阿波番茶

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番茶って、なんだか良く分からない。番茶の定義って、あんまり画一的ではないのだ。だからこんがらがってしまう。

例えば、一番茶を摘み終わったあとの、二番茶、三番茶は品質的に劣後するので、一番茶より悪い「○番茶」の番茶という言葉が、良いお茶を指す言葉として使われる場合もあれば、遅く摘む「遅茶」が「番茶」になったという説明もある。

しかも、番茶は「焙じ茶」にも繋がる場合があるので、余計に複雑怪奇なものになってしまう。(笑)

いずれにせよ、遅く摘むので番茶の茶葉は大きい。いわゆる陸羽が茶経で書いているところの「」に当たるような茶葉なのだろう。そのうちここでも登場させようと思っている一保堂の炒り番茶などは、本当落ち葉のようだ。これが碧螺春などの華奢で繊細な芽のお茶と同じ物なのかとおもうと、なんだか面白い。

ところで、この番茶の中に、日本の黒茶の一つと言われる「阿波番茶」がある。画像の茶葉がそれだ。実はこれも碁石茶と同じように漬物といっても良いような、面白いお茶なのだ。

徳島の山間部、那賀郡相生町大久保や牛輪が最大の産地。他にも上勝町が産地だと言われている。

中村羊一郎先生の「番茶と日本茶」という本には、このお茶の作り方として、夏の土曜の暑い盛りに茶畑に入り、茶葉を一枚残らずしごきき取り、数日分ためたら、大釜でゆでて、床に広げて冷ました後、揉捻機で軽く揉んで、大きな桶に漬け込んで発酵させ、発酵したら筵(むしろ)に広げて天日干し、一日に3回ほどひっくりかえして、ようやく出きるのだと書かれている。

結構作るのに手間がかかっているお茶のようだ。

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碁石茶が主に茶粥に使われていたのに対して、こちらの阿波番茶は、清飲、つまり、そのまま普通のお茶と同じように飲むお茶として発展してきたらしい。もちろん、茶粥の習慣もあるらしい。

さて、実際に飲むと、やはりすっぱい。しかし、碁石茶のような強烈なすっぱさではなく、ほのかにすっぱいという感じがする。蓋碗に入れて湯を注ぎ1分程おいて飲むと、このすっぱさが結構表面に出てくるような気がする。以前、これを煮出したことがあったが、むしろ短時間煮出したほうがこの独特の酸味は押さえられて美味しいような気がする。

もしかしたら、茶漬けに使うとよいかもしれない。まだやったことがないが・・・。

しかし、この阿波番茶が環境省によって「香り100選」(リストの71番に上勝の阿波番茶が選ばれている。)に選ばれているというのは、なんとも奇妙なことだ。日本人のDNAの根源に触れるような香りということか。先日UPした雲南省の糯米香茶のもち米の香りのようなものだろうか。

美味しいといっても、まあ、そこは日本の黒茶のこと、毎日飲みたいという美味しさではないことはお断りしておく。しかし、番茶という習慣は、結構日本には根強く残っているのだが、中国ではどうなんだろう。雲南省や広西壮族自治区などへいくと、似たような風習があるらしいが、この当たりの綿密な共通点を研究した人はまだいないみたいだ。

弘法大師が太龍寺、平等寺、薬王寺建立のための巡錫の折、この地方に自生する山茶を発見して製茶法を教えたのが始まりだといわれる阿波番茶も、いろんな変遷があるようで、明治時代には緑茶の方が多く作られていた等という記録もあると聞く。なぜ、いまのような後発酵の物が存置しているのだろう。とても興味深い。

いまでもこの阿波番茶は碁石茶に比べて、比較的入手しやすいお茶だ。ネットが発展してくれたおかげで、東京にいても、徳島のお茶屋さんに注文できるのが嬉しい。

阿波番茶が購入できるサイトとしては、以下のようなところがある。
 ・ 三好園
 ・ 月光苑 

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2004.05.25

日本の黒茶1-碁石茶

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一昨年から碁石茶ブームらしい。テレビの影響で、生産が追いつかないという話しも聞く。当然だろう、いまでは作り手がほとんどいない幻のお茶なのだから。高知県長岡郡大豊町東梶ケ内というところで作られている。

碁石茶についての薀蓄は、こことかここがくわしので、今回はあまり触れない。しかし、お茶の世界の中にあっては、ものすごく特殊な、中国之辺境やミャンマーあるいはタイとかそっち方面のお茶に通じるものがあるというおもしろいものなのだ。

カメラマンの堀江先生に教えてもらったことがあるが、雲南省の布郎(プーラン)族に「酸茶」というのがあるそうだ。先生の写真集の中にも、散茶を口にする女性の写真がある。散茶はカビをつけて竹筒に入れて土に埋め、嫌気性発酵を促進させる。これは碁石茶に繋がる製造法なので、碁石茶のルーツは、東南アジアだろうと言われている。

プーアールも熟茶は菌の作用で後発酵させると言われているが、この碁石茶はプーアールの菌とは全く異なる乳酸菌の作用で後発酵させるのだ。これはもう茶というより「漬物」といったほうが良いかもしれない。

実際に飲むと分かるのだが、すっぱくてまずい。(笑)なんといっても作り方が漬物なのだ。すっぱくてもしょうがない。

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堀江先生の写真に登場する布郎族の女性は、散茶を食べている。碁石茶も、もしかしたら湯につけてふやかしたら、茶葉を漬物替わりに食べるんだろ!などと思いたくなるほどだ。つまり、このお茶は飲む漬物といった味わいなのだ。

普段、これだけで飲むというのは、かなりつらい。「うーん、まずい!もう一杯」といってもう一杯飲む勇気は僕にはない。そんなに簡単に飲めるほど、やわな飲み物ではない。しいて味わいをなにかに喩えると、都昆布を湯に溶かすとこんな感じだろうか。

これはやはり茶粥に少量炒れて炊くのがもっとも耐え得る食べ方ではないかと思う。同じ四国の石槌黒茶も茶粥にする。日本の文化には、茶漬けとか茶粥というのがあるので、そのために発展したのが日本の黒茶なのではないだろうか。だから所詮飲むのにはなれていないと相当むりがある。

こんなお茶でも、なくなってしまうのは非常に寂しい。壊滅寸前の伝統茶というのは日本にもいくつかあり、碁石茶もその一つになるはずだった。

テレビの影響は恐ろしいもので、この壊滅的な碁石茶を救済するに足るインパクトを世間に与えたようだ。コピーは、「みるみる痩せる!ダイエットから血圧まで碁石茶で決まり!

しかし、「ダイエット食」としての碁石茶の先行きは、そんなに明るいものではないだろう。別に効果のあるものが出現すれば、「花粉症に凍頂烏龍」と同じように、忘れ去られてしまう。

そうなった後の碁石茶の行方が、なによりも心配である。

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2004.04.12

はじめての餅茶

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はじめて餅茶を買ったのは、いまから9年前。香港の中華系デパートの地下食料品街にあった中国茶のお店。ここに何枚も積み重ねられていた「七子餅茶」の真中あたりからずぼっと引っこ抜いてきたのがこれ。

当時は、「プーアール=かび臭いお茶」というだれもが持つ固定観念のようなものをしっかりと僕も持っていて、これ飲んでおいしいのかなあ?と半信半疑で購入した。

まあ、形がよいから置物にもなるかなあと、当時は考えていた。値段からいっても、いわゆるやすものの餅茶だろう。当時の価格で300g程度の餅茶が2000円程度だった。

買ったばかりの時は、なんだか土のような匂いがした。そう、ガーデニングのお店などに売っている、しっかりと養分を含んだ黒い土の匂い。こんなお茶、飲んで美味しいのかなと、どうも飲む勇気がなかった。

それからずうっと、我が家の風通しの良いお茶倉に放置されつづけ、時々撮影に引っ張り出されるだけで、いままで眠りつづけていたこの七子餅茶。

そろそろ10年経つので、すこしは陳化して、おとなしい味になったかもしれないなどと、最近お茶の山のなかから掘り出してきた。どんな風に変化しているか、楽しみだ。

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2004.04.05

プーアールオーレ

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あと、プーアル・オ・レは、家でもよく作ります。アイスでもホットでも美味いですよね。プーアル・チャイとかもやります。甘みは、蜂蜜かメープルシロップを少しだけ使うのが好みです。

と、のーどみさんがおっしゃるので、作ってみた、プーアールオーレ。丁寧に茶壺で淹れたプーアールにミルクを入れてあわ立てて、そこにメープルシロップ

そして氷の入ったグラスに注いで。本当はミントの葉っぱなんかを乗せれば最高なんだけど、とりあえず素のままで。いやあ、おいしいよ、これ。あったかいプーアールオーレに黒糖というのは、まえからやってたんだけど、メープルシロップは初めて。

お茶とかハーブティーに蜂蜜をいれると、色が悪くなるので、あまり蜂蜜は使わないんだけど、ミルクを入れてしまえばあまり気にならないので、こんど竜眼の蜂蜜でやってみようかな。

是非みなさんも!
(この画像の色だと、なんだかアイスミルクみたいだなあ・・・。)

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2004.04.04

餅茶何枚ありますか?

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今月中旬に普シ耳茶の飲み比べをしようと思っているが、そのために、最近集めていた普シ耳茶を数えてみた。
散茶は、小袋に30袋(30種類ということ)。一番古いのが、餅茶を崩した120年もの。信じるか信じないかは、飲む人の自由。(笑)次は50年の青餅の崩したもの。年代不詳の不知年普シ耳茶なんていうのもある。ただ、平均して、大体20年前後。七子餅茶の崩したものがメイン。きれいな散茶もあった。

そのほかに、餅茶、沱茶、磚茶などがごろごろ。班禪緊茶なんていう木ノ子型の固形茶もある。

沱茶はなんと6こも転がっていた。
で、磚茶は川磚、伏磚、雲南磚茶(これは5枚一セット)が・・・。
そして、竹筒茶も3本・・・。

そして、我が家には、餅茶がこんなにあった・・・。これ、このまま寝かしておくと、価値が出るかな。(笑)

でも、環境が悪いから無理だろうな。

ちなみに、あなたの家には、何枚の餅茶がありますか?

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2004.03.30

MingChaの冷茶

b200403301.jpgのーとみさんが

他にも、ここのプーアルが、アイスにしたら美味いという情報、あったらぜひ、教えてください。

とのことなので、おいしいアイスプーアールが飲めるお店を紹介する。ただ、日本ではない。(爆)

これは金鐘のPacific Placeの地下に昨年新たに出来たMing ChaのTea Bar。

高級食材のお店が並ぶデパ地下のような場所に、カウンターだけのTea Barがあるのだ。だれでも買い物途中にふらると立ち寄って、きちんとお茶の勉強をしたスタッフが入れたお茶で一息付けるという、非常にありがたい場所である。

ここでは、熱いお茶はもちろんのこと、冷たいものも置いてあり、このアイスプーアールがその代表。きちんと目の前で急須を使って入れたプーアールをアイスにしてくれる。

オーナーのLeo氏との約束にちょっとだけ遅れて、あわてて飛んでいったので、とても熱かったのだが、このアイスプーアールは、そんな身体を優しく冷やしてくれた。

「アイスプーアールオーレなんていうのも、案外良いんじゃないの?」なんて、カウンターの若いスタッフにいうと、「プーアールにミルク?」と驚かれた。邪道かもしれないがこれが案外いけるんだなあ。「そう。ちょっと甘くしてね。」

Leo氏が「メモメモ。アイスプーアールオーレ。ちょっと甘くして。メニューに加えよう!」と笑ってた。もし、メニューにそんなのが増えていたら、僕の影響だ。まあ、それはないだろうが。(笑)


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2004.03.25

普シ耳茶の謎

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普シ耳茶はむずかしい。どれが本物でどれが偽者かまったく見分けが付かない。特に、包装されてしまっている餅茶は、崩して試飲させてもらえないだけに、これを買うのはもう、賭けのようなものだ。

香港でも深センでも、台湾での普シ耳茶ブームが飛び火し、再ブームになっているようだ。もちろん、以前から香港の茶荘の店先には、餅茶が並んでいるのだが、特に最近では、みんなが福建省にまで足を伸ばして、良いお茶を入手しようとしているのだという。

街中の老舗の茶荘で、すごいものを見せてもらった。茶葉の表面は良いお茶で多い、中はかびてしまうような悪いお茶を詰める。もちろん包装紙や中に埋め込まれる紙は、古く見せかけたもの。こういうのは、プロでもだまされることがあるのだという。

特に危ないのが深センの茶荘。ここには偽者が平気で出回る。それほど安くない値段で売られているので、香港の人もだまされるのだとか。こんなところに僕のような素人が迷い込んだらひとたまりもない。

そんなことを回避するためには、普シ耳茶のことをいろいろと勉強しなければならない。

不思議に思ったのは、香港ではあまり「生茶」とか「熟茶」という言われ方をしていない。でも、漢字で筆談するとわかってはもらえる。生茶とは青餅のことだろと。

b200403252.jpg「青餅は若いと苦くて飲めないよ。」老舗の老師がいう。「だから散茶の普シ耳と混ぜるのさ。」なるほどそんなの見方もあるのだな。

それにしても、どうしてこんな風に香港では普シ耳茶ブームが再燃したんだろう。確かに飲茶屋さんなどでは、いまだに普シ耳茶がだされるのだが、これらがそんなに上等なお茶だとは思えないので、おそらくそんなブームは、飲茶とはまた切り離された場所で起こっていることなのかもしれない。

いずれにせよ、香港の茶荘や茶館では、普シ耳茶に関する研究が熱心に行われ、普シ耳茶つくりの実習なども行われている。とても興味深いことだ。

いろいろと飲み比べて、研究するとおもしろい題材なんだろうね、普シ耳茶。


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2004.03.06

長き時代を経たもの

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一枚の茶餅をみせてもらった。たとえば昨年作られた生茶の青餅に比べると、まるでその茶餅は、すっかりからからに干上がってしまったかのように、その重みが軽く感じた。まるで、紙のようなのだ。

120年、これほど長き時代を経たお茶は、存在することに価値があって、おそらくお茶としての価値は、もうないのではないかと、そのはかない軽さを手にとって感じてしまった。

が、しかし、これだけ長き時代をへて、今なお僕の目の前にある茶餅は、僕が思っていたのとはまるで違う味わいをしていた。

じんわりと、染み出してくるような滋味、口当たりのまろやかさ、香りはやさしい普シ耳茶の香り。

これだけの長い時間を、このお茶はどのように変化してきたのだろう。

120年前というと、ドイツのベンツがガソリン自動車の第一号をつくり、自由の女神の除幕式があり、初めて内閣制度が発足した1886年のこと。

中国は、大清国光緒12年。西太后が活躍した時代である。

こんな時代に作られたといわれる一枚の茶餅。それだけで、なんとなく歴史をさかのぼり、その当時の片鱗をこのお茶の味わいの中に探したくなってしまうというものだ。

正直に言おう。ものすごくおいしいと思えるお茶ではない。すでに、寿命は終わりかけている。きっと、もっとおいしい茶餅はいろいろとあるだろう。

しかし、こんな茶餅の存在に、良い時間をすごさせてもらったと感謝をしたくなるお茶であった。

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2004.02.10

佛海白毫餅茶

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これは黒茶にははいらないのだろうなとおもいつつカテゴリーをとりあえず黒茶にしたが、どう見ても白毫のお茶をそのまま餅茶にしたもの。もう8年ほど、いろんなお茶を追いかけていますが、こんな餅茶を見たのは初めてだった。

実はこのお茶、雲南六大茶山茶業有限公司という会社が作ったもの。この会社じたい非常に新しい会社だそうで、餅茶製造で非常に有名な孟海茶厰の工場長であった「阮殿蓉氏」が独立した会社をたちあげたのだそうだ。

特徴を出さないと生存競争に生き残れないと、プアール茶の6大台産地の六茶山それぞれのお茶を餅茶にしてセット販売したり、中国人らしい商売っけを出した商品を世に送り出しているのだが、これもその代表作。

雲南省の上質の緑茶、たとえば、南糯白毫などの香りを髣髴とさせる香りと味わい。これを寝かせるとどんなお茶になるのだろうか。とても楽しみである。


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2004.02.06

餅茶のパッケージ

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餅茶というのは、昔、雲南省の茶馬古道をチベットなどに向けて運ぶために、持ち運びやすくするために固められたといわれている。もちろん、餅茶だけではなく、磚茶、方茶といった四角に固められたものや沱茶と呼ばれるお碗型のものなど、いろいろとあるが、こと、この餅茶は、非常に古いものが保存されたりしている。

この餅茶の場合、古いものの見分け方として、そのパッケージのデザインの歴史的変遷が追及されているのだが、そのデザインの変遷はなかなかに面白い。

このようなことは、このサイトに詳しいが、とくに、同慶茶荘、敬昌茶荘、宋聘茶廠といった茶荘のビンテージ茶のパッケージは、非常に趣がある。

早期紅印圓茶などは、同じ[孟力]海茶廠のパッケージでも、微妙に色やデザインが異なっていて、それが年代判定の一つに使われたりしている。

最近では、六茶山のそれぞれで作られたお茶を違う色のパッケージをつけて、七子餅茶のように竹の皮でつつんだものまであって、みているだけでも楽しいものがある。

このパッケージは、老地方茶坊の見聞さんに見せてもらったもの。高山喬木雨前餅茶。最近野生茶などがはやっていて、喬木型の野生茶の餅茶は非常に珍重されている。これもそんなお茶なのかもしれない。ただ、このような野生茶は、なぜか大葉種の喬木になるので、タンニン分が多い。だからこそ、寝かせることでまろやかになるのだ。

このお茶も、あと、30年ほど寝かせれば、非常にまろやかなお茶になるに違いない。いまから、そんな先のお茶の味わいを楽しみにしながら、自宅で保存してみるのも面白いかもしれない。

いずれにせよ、このお茶のパッケージ、かなりいかしていると思うのだが。

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2004.01.24

世にも奇妙な・・・

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このお茶は、いわゆる「柚子茶」と呼ばれるものである。どうやら中国の柚子は日本のものよりも大きくて、これなどはかぼちゃぐらいの大きさがある。ゆずというよりも巨大な夏みかんという感じだろうか。

この柚子をくりぬいて、福建省の青茶を仕込み、また蓋をして、縄でぐるぐると結わえて、いぶして放置されるとこのお茶の出来上がりである。

中のお茶はしっかりと固形になっていて、アイスピックでつつかないと崩れてくれない。

みかんの皮を干して寝かせたもの。これは漢方薬としても珍重される「陳皮」だが、柚子の皮もおなじような効果があるのだろうか。その皮の部分も一緒に崩して飲むと良いらしい。

もう6年ぐらい前、茶藝楽園の陳老師のお話をお聞きしたときに、陳皮を一緒に陳年茶に潜ませておくと良いと聞いた。もちろん、数年後に陳皮と一緒にいただくと最高なのだとか。

このお茶を、今年の3月に崩そうとおもう。のーどみさんも呼んで、普シ耳茶の品茶の時に、飲み比べしてみるのも面白いかもしれない。

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2004.01.23

黒茶か緑茶か

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ポーレー茶。そもそも、この茶は、緑茶の集積地であった雲南省の普シ耳(プーアール)という土地の名前を取ってつけられたもの。ここに集まるお茶の総称であり、おそらく昔は確実に緑茶を指したに違いない。

そもそも、普シ耳茶は、雲南省の緑茶を運搬しやすいようにお碗型、レンガ型、円盤型に固められたものだったはず。ところがいつの間にか、歴史の中で産地に長い間放置されたお茶が持てはやされるようになり、現在のような黒茶に変化していったものではないかと思う。

普段、日常の中で口にくるポーレー茶は、熟茶。これは確実に後発酵させているので、黒茶の分類に入れることができるであろうが、雲南省の緑茶を蒸して固めたものが数年たって日本に入ってきたものは、確実に緑茶の分類に入れるべきお茶である。これが生茶といわれているのも。

写真のお茶は、55年物の熟茶だった。すでに飲み終えて手元にはない。茗心坊の林さんが来日したときに、自分用に飲んでいたお茶を僕にくれたものだった。熟茶といいつつ、緑茶の表情を残したほうじ茶のような、お茶だった。おいしかった。

熟茶にも生茶にも、それぞれの味わいや魅力があることは、ポーレー茶で触れたとおり。で、ここに書いたことの延長として、別のお茶だと認識すると、また違った見え方がしてくるかもしれない。

緑茶は劣化が早いので、なかなか陳年茶とすることはしないが、いわゆる生茶は普シ耳緑茶の陳年茶ではないか?ならば、緑茶だって陳年茶にしてはおかしいことはないし、まして、陳年に耐えうるように、焙煎をしても決してだめだということはないはずだ。

のーとみさんが絶賛した香りを持つしゃおしゃんの千年古茶青餅が、その典型だろう。このお茶を飲むと、頭のてっぺんが軽くなる。僕の場合、茶を健康に結びつけるアプローチはとらないので、普段はダイエットとか、花粉症に効くとかは決していわないが、こと、このお茶だけは、なんだか、体に効く。こういうお茶も、世の中にはあっていいのだ。

体をリラックスさせたいときには、本当にうれしいお茶である。

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2004.01.07

ポーレイ茶

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香港で中国茶に嵌った僕としては、普シ耳茶は「プーアール」ではなく「ポーレイ」なのだが、日本では最近プーアールという呼び方がすっかり主流になってしまった。香港の樂茶軒の葉さんも「やはりプーアールと呼ぶべきです。」とおっしゃっていた。解かる気はする。だけど、どうしても生理的というか感覚的にはポーレイと呼ぶ方が確実にしっくりするんだよね。

なんとなく呼び方がちがうと、味まで違ってくるような気がする。決してそんなことはないのだけど。香港の町の中にいると、やはり広東語の響きがとても新鮮で、だから黒茶に初めて出会った香港の読み方に敬意を表したい。

それにしても、初めて買ったポーレイは、中華系百貨店の裕華國貨のお茶売り場。数枚の餅茶が無造作に積み重ねられていて、一枚100香港ドル(1香港ドル=13.7円として1370円)だった。なんて安いお茶だったのだろう。そのせいか、なんともまったりと黴臭いお茶だった。

しかし、ポーレイ茶は、おいしいお茶だったのだ。しかも、僕の好きなポーレイは緑茶に近い味がした。雲南省の緑茶は、非常に柑橘系の香りがするものが多いのだが、そんな味わいがしっかりと残ったまま、茶のタンニン分が自然に枯れていて、丸みのあるお茶になっていた。これがあの100香港ドルと同じお茶なのだろうか?もちろん違うのだけど、こんなお茶もあるんだなあと、ますます中国茶に嵌るきっかけを作ったのが、このお茶だった。

どうして、飲茶の時のポーレイとこんなに違いのあるお茶が存在しているだろう?なぜ同じ名前なのだろう?どうして、こんなにかび臭いお茶を作ろうとしたんだろう?疑問は尽きない。

そもそも、中国は、ポーレイの作り方をひた隠しに隠してきた歴史がある。それは、おそらくこの黴臭いお茶を作るために隠された秘密があるのだろう。でも、なぜ、こんなにおいしい緑茶の味わいのあるお茶を作ろうとしなかったのだろう。明らかにマーケッティングの失敗なんではないか。

生茶として最近では知られるこの緑茶の味わいのあるポーレイ。年代物になると、入手が困難。入手困難になると欲しくなるのが人間の悪い習性。自分では購入できないので、講習会などで「○○年物の普シ耳茶」というのを信じて飲むのだけれど、いまだ、55年ものとして披露されたこのお茶以上のおいしいポーレイを僕は知らない。

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